地を這うもの

企画展「標本づくりのわざ」 上野 国立科学博物館

博物館に展示されている標本は実際にはどのようにつくられるのか。博物館の裏?縁の下?で支える標本作成技術と標本職人さんについての企画展

常設展示、企画展、特別展にせっせと通って好奇心を満足させるなり頭を活性化させてハッピーになるわけだが、標本について一体誰がどのようにつくっているのかは考えることはなかった。発掘された骨の化石をクリーニング動画や実演は特別展などであるし、子供の頃読んだ図鑑には虫の標本づくりの解説があったし押し花は小学生以来かな、その程度の認識だった。
科博が「標本づくり」について企画展を行うとのこと、博物館の標本づくりとはどのようなものか。どんなワクワクが体験できるか早速見に行ってきた。普段は公開されない場所を舞台裏をのぞく気持ちで。

まんが「へんなものみっけ!」の作者、早良朋さんは、科博で標本作成した経験の持ち主で、それを作品に作品に生かして描かれているということ。展示解説のそこかしこで、本企画展示を彩っている。(作品未読ですが^^;読んでみたくなった)

「標本とはなにか」のコーナー

標本の種類を5つの研究部別に実際の標本とそれぞれの特徴を解説している。早良朋さんが所々で説明やイラストで参加されている。説明パネルに「コノハ」マーク。

「コノハ」マークのパネルで標本の小ネタ、エピソードが語られている
展示会場内、直筆のサイン?

人類研究部の標本

最初は科博の人類を研究する部門。対象の標本は縄文人から江戸時代人までが大部分。いきなり人骨とミイラ。

若海貝塚出土人骨。出土したばかり状態は土や泥が付着し破片になっているので汚れを落とし修復する。
現代人男性の小学生1年生から高校1年生まで、同一人物のX線写真。骨以外にもX線画像や指紋なども標本として保管している、とのこと。
ホモ・フローレシエンシスの頭骨模型(左)とホモ・エレクトスの頭骨模型。発見された国から基本的には持ち出せないのでレプリカを作成して利用される。近年はCTスキャンと3Dプリンタで精密なレプリカを作成できる。

「20世紀初頭の伝インカ帝国のミイラ」として寄贈されたもの。1次資料がないため「ペルーの子供のミイラ」として扱われていたものが、年代測定やCTスキャンによってインカ帝国末期から植民地時代に作成されたと判明。さらにDNA分析も可能になり、将来の技術の進歩で標本の価値が変わることもあるので標本を良好な状態に保つ事は重要。
珪化木とイチョウ化石。イチョウは化石として発見されるが、よく聞く話で他の地域では太古に絶滅したが日本では今も現存している。

植物研究部の標本

植物標本というと台紙にはられた押し葉標本(さく葉標本という。漢字がない)を思い浮かべる。他にもエタノールなどに浸した液浸標本、大型果実をそのまま乾燥した乾燥果実や種子標本、大木の幹を標本化した材鑑標本など。

さく葉標本と台紙に貼付されるラベル。種子などのぱーつをいれるフラグメントホルダー。フォーマットがこのように決められている。
果実・種子乾燥標本。フタゴヤシとパンヤノキ
液浸標本と材鑑標本
材幹標本で木を当てるクイズ。わからない^^;
(答え)クリ、ヤマザクラ、スギ、アンズ
乾燥標本を、水分を加え温めて復元するに戻しという作業
煮戻し標本アップ
標本貼付機。標本貼付(てんぷ)機が開発されてさく葉標本の作成が効率化した。ポリエチレンをラミネートした紙テープをコテで熱して粘着
左は古い標本、右が新しい標本
左のアップ。かつては和紙に糊を塗ったり粘着シールを帯状に切って貼り付けていた。
右のアップ。テープのコテで押さえたところだけ粘着できるようになった。標本自体に糊がつかないうえ効率的に作業が行える。

地学研究部の標本

岩石・鉱物は実物そのまま、観察分析用に薄片にして保管。古生物の場合は岩石から化石を取り出すことからスタート。貴重な化石の場合はレプリカを作成する。

実物化石標本
植物化石を薬品処理することでクチクラを取り出せることがある。これをプレパラートにして顕微鏡で観察する。
クチクラのプレパラートを作成した化石の実物標本
クリアードリーフ標本(葉脈標本)。葉肉をとかして葉脈を着色して浮き上がらせた
レプリカ標本とピール法による薄片標本。化石を切断して調べると元の形が失われるのでレプリカを作成しておく。最近はCTスキャンで非破壊で観察をすることも試みられる
ピール法。化石の断面を磨いて酸でエッチング。アセトンをたらしてフィルムに転写する。これにより薄片の断面を連続的に作れる
松ぼっくりのアルコール液浸標本。
頭部の部分化石からはわかりにくい全体像を近縁種の頭部に当てはめる。CTスキャンで部分化石をデータ化して3Dプリンタでレプリカを作成。透明部分に白い樹脂で実物の化石部分をあてはめる。CTスキャンと3D プリンタの効果的使用例といえる。
坪井誠太郎と偏光顕微鏡
岩石薄片0.02から0.03mmに削り偏光顕微鏡で見る
岩石鉱物学者で国立科学博物館の館長も務めた。岩波の「岩石はどうしてできたのか」諏訪兼位でも冒頭に紹介されている、光学顕微鏡を用いた研究の第一人者。

理工学研究部の所蔵資料

理工学研究部は科学技術の発展に寄与した実物やレプリカ、研究者資料や絵図古書、観測データなど歴史的に価値ある資料などを保管所蔵。所在調査やレプリカ作成、データベースも貴重な資料となる

アーク灯のレプリカ
洋画家黒田清輝の弟子が描いたといういわれる桜島噴火の絵画。地震学者大森房吉の依頼によると伝わる。絵図も当時を記録した貴重な資料となる。

動物研究部の標本

動物標本には野外での採取、発見されたもの以外に動物園・水族館などからの寄贈のものもある。1個体まるごとの標本や部分を乾燥標本にしたり、寄生虫などを液浸標本に、DNA解析用の皮膚を冷凍標本にする場合などもある。標本の種類の多さは研究内容や目的が多岐にわたることを物語る。ディスプレイの動画ではカツオブシムシに肉を食べさせて、微細な骨を標本として残す手法、大型標本は煮沸して肉を剥がす方法が紹介されていた。

アフリカゾウの牙の実物(下)とレプリカ(上)。化石は重いので全身復元骨格を実物で組むと部位によっては重みで傷つけかねない。そこで実物は部分として展示し、復元骨格のその部分にレプリカを用いる場合がある。そういえば恐竜展で実物は手前のケース、その後ろに部分のレプリカ含む全身復元というのをよく見かける。
ハクジラは歯の断面で年齢を算定する。オウギハクジラの歯は下顎骨に1対しかないので予めレプリカを作っておく。実物(左)とレプリカ(右)
剥製標本は毛皮をかぶせる「なかご」と呼ぶ中身を作成するが、それは職人の長い経験と感が必要。新技術で3Dモデルを作る手法により3Dプリントして「なかご」を作成して作った標本。解説では「試み」という表現をしている。
レトルト食品のような爬虫類両生類の液浸標本
寄生虫などはプレパラートにしたり液浸にしたり・・・
瓶詰め(笑)の液浸標本
ポールニシキヘビ。微細な骨はカツオブシムシに肉を食べさせて骨だけのす、作成方法。
ヒゲクジラのヒゲ板とオサガメの甲羅。オサガメの甲羅は乾燥してばらばらになるとジグソーパズルのようになるのでホルマリン固定というほうほうでゆっくり乾燥させて標本にする。ヒゲクジラのヒゲ板は乾燥すると固く萎縮するので標本化には技術が必要。標本づくりの職人の腕の見せ所、という解説。
ナガスクジラのヒゲ板。右はクモヒトデの液浸標本
ケナガネズミのタイプ標本。と記載論文。
長く行方不明だったものが科博の保管庫で再発見

「標本づくりの部屋をのぞいてみよう」のコーナー

各研究部の標本作成現場を再現と実際の標本作成作業動画。標本の目的が多岐にわたるのでそのわざも多様化。作業時間も短時間で終わるものから数年かかるものも。普段見ることができない作業の様子が再現されている。

人類研究部

人骨修復の動画と作業台。何らかの理由で破損しているのでパーツの足りない模様のないジグソーパズルのようなものとのこと。人骨の解剖学的知識と骨を見た経験や器用さと忍耐力が必要だそう。
接着には明治期は膠(にかわ)や蝋(ろう)、戦後は木工用ボンドやセメダインが使われる。接着力が続かず50年前の骨は気づくと粉々になり破片の山となるのでメンテナンスが必要。頭骨修復の様子が30時間を1分に縮めた動画が流れていた。

人骨の修復のデスク。
修復道具
修復の流れ

植物研究部

採集乾燥ラベルを差し込むところまでは研究者が行う。標本貼付作業には長年の経験と研究者の利用方法を熟知し適切に添付できる熟練の業が必要であるとのこと。
標本貼付器の開発で日本ではテープで固定が一般的。諸外国では標本の裏面一面に糊付けして固定、落ちにくいという利点がある。
貼付の様子が動画で展示されている。
さく葉標本の寿命は最古のものが500年前といわれ正しく管理すれば500年は保存できる虫害に合わなければより長く保存できる。

作業デスクの周り。作業風景が動画で展示されている。
裏面に糊付けされた標本と標本貼付用糊
標本貼付器によりテープ固定された標本

地学研究部

ペルム紀の化石「シカマイア」の携帯復元に至る過程の紹介。クリーニング不可能と思われていたが、これによって「シカマイア」の全体像が復元された。再現風景でも化石のクリーニングまでがいかに大掛かりかわかる。クリーニングシーンの動画があった。また、化石のレプリカ作成も紹介されている。

すごい重装備
作業台
シカマイアはこんな形の原石で発掘。
岩塊をクリーニングして取出された化石(下)とレプリカで再生され実際の姿を表したシカマイア(上)クリーニングに約1年半かかったとのこと。全体の姿が判明するのは発見から実に半世紀
複雑な化石のレプリカ作成
シャツが汚れるという見本なのだが。
元の実物化石
作成した雌型
完成したレプリカ

理工学研究部

理工学研究部では実物のコレクションやレプリカ、それらの修復以外に、記録や資料の保存、データベース作成も目的としている。

理工学研究部のコーナーの棚。保存には専用のボックスを使用する。棚下段右は気仙沼隕石のレプリカ、上段中央は3Dプリンタの出力、タブレットに3D映像
寄贈資料の整理
写真資料が多いのでスキャナに取り込み
分類や記載。
気仙沼隕石の3D映像化。
タッチして回転させる
ズズズッっと上下左右
歴史的記録媒体 - 写真乾板

動物研究部

昆虫の標本づくりの部屋と獣毛仮剥製の部屋。展翅はよく本などで紹介されている、経験と技術を要するらしい。採集した現地で標本をつくることも多いとのこと。それはそれで大変そう。
仮剥製標本は、皮膚や羽毛獣毛を残して皮を剥ぐ。本剥製に比べ短時間で作成できて収蔵スペースが少なくてすむ。大型の動物では部分剥製にする場合もある。
このコーナーは普段は見ることのできない、仮剥製などの動物標本を目にすることができる。収蔵庫はきっと宝の山かも。

展翅標本の作業デスク。ハネや触覚を整形しパラフィン紙と待ち針で固定し乾燥させる作業
獣毛仮剥製。
アマミノクロウサギ仮剥製標本
クリハラリス仮剥製標本
仮剥製標本の棚
サーバル仮剥製
巨大な標本はかさばるので部分の仮剥製の作成する
鳥類翼仮剥製標本
ツチブタ(下)とオオアリクイ(上)
ゾウの耳標本。大きい順にアフリカゾウ、マルミミゾウ、アジアゾウ。タグにはいずれも「採集地:動物園」とある。
ゴマフアザラシ新生児仮剥製標本、トド新生児仮剥製標本(上段)、インドライオン、キリン部分標本、ゴマフアザラシ部分剥製標本。(下段)
日本館エントランスの本剥製ツチクジラ標本
国内では類を見ない大型剥製標本とのこと。陸前高田市「海と貝のミュージアム」で展示されていたものが東日本大震災で被災し科博にて修復、陸前高田市に帰る日まで科博にて保管。
上の階から見下ろす。1954年から科博で15年間展示後岩手県水産高校に寄贈。1994年「海と貝のミュージアム」開館と同時にコーティングが施された。修復のためにコーティングを除去、左半分が見えるようになった。

「博物館のこれから」のコーナー

国立科学博物館では現在約460万点の標本を所蔵、更に毎年9万点以上の標本をを蓄積している。これらの標本は「現在のみならず将来の研究に貢献、展示や学習支援活動を通じて科学や自然史の理解を深め好奇心を刺激し豊かなひとときを作り出すことに役立っている」としている。このコーナーでは博物館始まり、歴史について簡単に紹介されている。

「博物館列品図録動物部第一」1877(明治10)年、山下門内博物館の中の動物標本の図録
肖像画は日本の博物館の基礎を築き上げた田中芳男。日本館地下の無料休憩室奥の階段下にも紹介されている。
正倉院は博物館機能をもつ日本最古の施設
標本職人ともよぶべき標本作成スタッフの皆さん。

「科博はその前身である「教育博物館」として1877(明治10)年から約140年以上の歴史のがあり展示研究標本資料の収集保管の機能を充実させてきた。震災や戦災で多くの標本資料を失ったが自然史科学技術史に関する国立の唯一の総合科学博物館として標本資料を集めてきた。展示はほんの一部だがこれまで休むことなく続けてきた標本資料の収集と標本づくりがあるからこそ科博の今があり、科博の使命である」(要約)。科博は研究者だけでなく大勢の職人たちによって支えられてきた。博物館の骨幹は標本でありそれをつくる職人がいなければ活動できない。職人は年々減少傾向にあり標本づくりの技や経験を次世代につなげていくことは差し迫った課題である。地味で根気のいる作業だがその役割を思うと完成したときの喜びはとても大きいとのこと。

企画展雑感

科博友の会にも入って特別展企画展常設展に度々通ってきたが、各研究部に関してあまり気に留めることはなかった。今回の企画展では標本作成者の苦労や努力を見たが、それに加え科博の各研究部についても知ることができた。3Dプリンタが発売されてもピンとこなかったのが、標本づくりには大変画期的な技術だとわかった。おそらくCTスキャンと同じぐらい。広い意味では科博の展示はすべてが標本なわけで、そこに解説が付けられているといえる。博物館の仕事や使命は多岐にわたるが目に見えるものではほとんど標本ではないかといってもいいくらいか。また、何だレプリカだという考えも改めねばならないと感じた。
本展の楽しさは標本の種類や作成について知ることができたこと、普段は収蔵庫にある標本を目にすることができたことだ。動物標本は特に良かった。画像は一部なので上野の国立科学博物館に足を運んでじっくり味わうのがオススメ。

博物館名 上野科学博物館
企画展・特別展名称 企画展「標本づくりのわざ」
開催期間 年月日~年月
料金 通常の常設展の料金のみ
音声ガイド なし
図録 無料(希望者は係の人に告げる)
撮影 動画以外は可
訪館日 2018年9月4日、11日
図録には本展の解説文と画像が載っているが、展示された標本はあまり記載されていない。実際の展示を撮影するなり目に焼き付けるなりしておくとよい。
「へんなものみっけ」試し読み小冊子。会場で配布

会場の人間もどきの皆さん。